まぁいつもの展開ですかね
- 2009年 3月 26日
- カテゴリー : 日々徒然
- 投稿者 : ターフェス/浅田和哉
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2009-03-26 13:11:52
文化庁は25日、第28回文化審議会著作権分科会を開き、「日本版フェアユース規定」などについて議論するための小委員会設置などを決めた。新しく設置された小委員会では、フェアユース規定のほか、総務省で議論されて …… >> Read more
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そんなわけで、権利者団体の皆様はフェアユース規定にはどうやら反対のご様子。
まぁフェアユース規定ってなんぞや、という人もいると思うので改めて、マイコミの記事から引用してみます。
※「フェアユース規定」=アメリカ合衆国著作権法などが認める、著作権侵害の主張に対する抗弁事由の一つ。著作権者に無断で著作物を利用していても、その利用がフェアユース(fair use)に該当するものであれば、その利用行為は著作権の侵害を構成しないとされる。
じゃあフェアユースってなんやねんとなると思うのですが、文字通り公正(フェア)利用(ユース)と捕らえればいいと思います。…正直、実害って何という次元ですが議事録がまだ公開されていないのでよくわかりません。
Googleがやたらに引き合いに出されてますが、Google Book Searchを巡る和解のことです。
が、利益は出ても実害は出ないというのが個人的1ユーザーの感覚なんですが、権利者的には自分たちが再利用できないという点が問題なのでしょうかね?本当によくわからない。
とりあえず、彼らのいう実害とは何ぞやと言うところを捕まえないと先に進めない感じです。
以下は、今回のことも含めてちょっと著作権関連で思ってることをグダグダと。
読んでも面白くないと思いますよ?
著作権の“雪かき”は進んだか——初音ミク発売から1年半 (1/2) – ITmedia News
ここからの話はこのITmediaの記事が基本になってくるのですが、クリプトンの目指す方向性というのが個人的に考えている著作権の理想とほぼ同じということなのです。
「楽曲を一番大切に思っているクリエイター自身が曲の権利を保持し、外に打って出れられる選択肢があってもよいのではないか」(佐々木さん)
確かに、従来どおりのモデルもメリットはあると思うのですが、今の日本の状況は従来型モデルである限り、著作財産権権利者(権利団体)>>>著作人格権権利者(クリエーター)というかなり強い図式が成立している(ように思える。実際はどうかはわかりませんが)わけで、結局のところクリエーターの思惑はほとんど表に出ることはない状況といわざるを得ないと思います。
個人的に思う理想の力関係は、著作財産権権利者≦著作人格権権利者であるべきじゃないかというのが今まで通してずっと思っていることです。その上で、クリエーターが望まないのなら厳しく取り締まればいいし、ニコ動クリエーターの多くのように自由に使ってもOKという方向もありだと思うのです。
そういう思いがあるので、私の場合はCreativeComonsを導入してブログも書いてるし、ちょっとした2次創作も書いてきました。
ここから、最初のフェアユース規定の問題にもつながってきますが、結局のところ権利団体もクリプトンモデルを見習う時期にあるのではないかという気がします。
フェアユース規定というのは、権利者のためというよりも利用者のための規定であるはずなのに、権利者が待ったをかける状況。そしてその権利者は、著作人格権の持ち主ではなく、著作財産権の一部/全部を譲渡された団体にすぎません。
彼らに権利を行使するな、というつもりはありませんがクリエーターの意向を無視してまで、待ったをいえるほどの権利を彼らが持っているというのは、いささか疑問が残ります。
確かに、クリプトンモデルはまだいろいろ問題は抱えてると思いますし、実務実益レベルではないと思います。しかし著作権法の理念(第1条)を鑑みれば、1つの方法ではないかと思えます。
逆に既存モデルで信託を行うのも、別の方法だと思いますが、ただその場合は、信託を受けているだけのユーザーとクリエーターの中間にある空気のような存在であるべきではないか、と考えます。今の日本において一番の問題は、信託を受けてるはずの団体がとにかく表に出すぎていることではないかと思うのです。
文化庁も、権利団体もこういったユーザーの声に耳を傾けてほしいものだな、と思いつつ今日のところは終わってみます。


